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ライフサイエンス×AIで医療の未来を切り拓く

※本記事はインタビュー当時の内容です。

ライフサイエンスソリューション部の設立に際し、日本の医療をとりまく課題に対し、AI開発を通じてどのように貢献していくのか?キーとなるメンバーに伺いました。

(写真右から)
  エグゼクティブフェロー 高松 輝賢
  ライフサイエンスソリューション部 ゼネラルマネージャー 袴田 和巳
  ライフサイエンスソリューション部 プロジェクトマネージャー 安藤 巧

強みは、技術力と専門性

このたびライフサイエンスソリューション部を設立された背景について教えてください。

袴田:ライフサイエンスの研究開発をより活性化させるための事業を立ち上げながら、活用の場としてメディカル、とくに疾患の特定にかかわる診断を支える技術分野に取り組んでいきたいと考え、部を設立しました。

メディカル市場の背景としては、2014年薬機法(旧薬事法)の改正によりプログラム医療機器(Software as Medical Device: SaMD)の開発が可能となったことが転換点となりました。医療の質向上や効率化を目的として、保険医療の分野におけるAI導入の門戸は開かれたのです。実際、多くのSaMDが医療機器としての認証・承認を得て臨床で用いられていますがその普及は未だ途上の状態です。特に現在、製薬会社において創薬プロセスの効率化に活用される創薬AIは非常に大きなトレンドであり、各社がしのぎを削っています。

ライフサイエンスの領域、特に診療や創薬の分野における事業展開には、十分なエビデンスが必要になり、特有の専門知識を要します。そのような場で、我々の技術力と専門性が、クライアントをはじめ社会に価値を提供していけるチャンスは大いにあると考えています。

どのような点で見込みがあると思われますか?

袴田:まずRistの技術力といえるAIエンジニアが非常に優れている点です。これはライフサイエンスの領域においても例外ではありません。
ライフサイエンスに限らず研究開発は秘匿性が高く、公表されることが少ないので、通常はエンジニアの技術力が広く知られることはありません。そのような中、AI領域における世界最大級のデータ分析プラットフォーム「Kaggle」にて、ライフサイエンス課題において世界トップクラスの成績を収めるAIエンジニアがRistには在籍しています。精度を求められるこの領域では、彼らの力を最大限に生かすことで、社会的価値として貢献できると考えています。

(参考:当社AIエンジニアのKaggleでの上位獲得実績)
卵巣がんのサブタイプを分類(2024年)/全1,326チーム中5位チーム入賞、金メダル獲得
健康なヒト腎臓組織スライドから微小血管構造を探し出す(2023年)/全1,021チーム中個人優勝

袴田:もう一つの強みは、医療や研究開発などの現場経験を持つメンバーが、ドクターや経営者とディスカッションできる専門性です。たとえば高松は、検査に欠かせない画像AI解析における光学機器のスペシャリストであり、医療系機器を開発・製造する会社経営の実績もあります。

高松:私は大学時代に写真光学(光工学)という専門分野を学び、なかでも人間の目の研究を行っていました。

20代後半で医療系の会社を立ち上げ、医学の中でも病理という専門分野で現場を見て開発を行ってきました。当時、医療現場に足を運ぶと、まだ自動化されていない現状を目の当たりにして大変驚いたものです。私はそれまで工場の自動化技術を開発していたために、医療の自動化がこんなにも遅れているのかとショックを受けました。その後も、診断の補助となる機器を開発するなかで「先生、これどうする?」など、ともに課題解決に取り組むことで、現場の知識を肌で習得してきました。おかげで徐々にドクターの信頼を得られ、周囲から、医局に出入りできるのは自動車のディーラーか高松だけだ、といわれたほどです。

袴田:医療の現場でドクターが話す内容に対し、的確な議論ができること、「この人はわかっている」と思われることが大事です。その上でドクターの興味に対する「答え」を形にできる提案力、スキルを備えていることは大きな強みになります。

安藤:ドクターには日々多くのビジネスパーソンが訪ねてきます。ドクターは選ぶ立場にあるわけですが、コミュニケーションロスが少ないことは大きなポイントになります。たとえば「血の中の要素が何か?」という話を丸一日説明しなければならない人より、すぐに血液病理の本質の話をできる人が喜ばれます。

袴田さん、安藤さんはどのように現場に携わってこられましたか?

袴田:大学院でシステム生命科学を専攻し、一貫してライフサイエンスの研究に携わってきました。大学で細胞の研究を進める中で、細胞の動きを解析する画像認識や機械学習活用の可能性を感じ、また研究成果の社会実装にも興味があったことから企業に転職しました。研究受託業務の取りまとめにおいては、お客様がどのような課題を持ち、そこにどのような価値を見出したいのか、何度も議論を交わします。課題を正確に把握するために市場調査などの周辺知識を収集し、課題に対してアプローチ方法を模索していきます。これらは研究室ではできなかったことです。

安藤:私は二人とは少し経歴が異なっていて、AIに興味を持ったのは、大学で弁護士を目指していた時でした。卒業目前で「AIが弁護士の仕事を奪う」という議論に衝撃を受け、真意を確かめるためにAIの世界に飛び込みました。病理画像の研究に関するプロジェクトをきっかけに、縁あって大学の研究室で5年間研究でき、気づいたらエンジニアとなりました。その後、製薬会社での現場経験を積みました。画像AIの医療現場への実装は、特に病理診断との相性がよく、大きな社会的価値があると考えています。

袴田:ライフサイエンスは、医療、創薬の双方にとって根幹の部分です。ドクターや創薬研究者の仕事を理解して「こういう問題がありますよね」「このような現状になっていませんか?」と先回りした提案ができることは、専門家同士で連携し、医療、創薬をより発展させていくことにつながると考えます。

ドクターとの信頼関係は簡単には構築できないですね。

高松:AIベンダーとして正面から新規参入しようとしても、有用性を認識されるまでに10年はかかります。医療の領域においてブランド力のある企業がすでに存在しているためです。ベンチャーはさらに不可能に近い。そのような中、ドクターが我々に時間を確保してくれることは大変ありがたく、通常では考えられないことです。専門領域の理解がとても深いメンバーであるために、専門知識でドクターの懐に飛び込むことができ、早く展開できていることは事実です。

人材不足、医療費増大などの社会課題にAIの力

AIが日本の医療現場を変えていくように感じます。医療の日進月歩をどう見ていますか?

袴田:さまざまな研究開発が進んでいても、認可の時点で慎重になりすぎており、新しい薬や医療機器が育たない点では、世界でも大きく遅れをとっている現状があります。安全性を重視し、慎重に慎重を期す日本の気質だろうと思います。

高松:内視鏡以来、日本発の医療機器は誕生していないに等しいです。

袴田:そこで検査や測定に対し、AIによる技術革新が起きることによって、日本の医療技術の発展に貢献でき、医療従事者の人材不足や医療費増大といった社会課題に大きく寄与できることは想像に難くありません。

具体的に、医療の領域にどのように寄与していくのでしょうか?

袴田:現状の課題として、看護師や検査技師の数は相対的に不足しており、働き方改革によって労働できる時間が削減されているにもかかわらず、必要な業務量は変わっていません。効率化の必要に迫られる中でのAIの活用は、医療のプロセス全体において業務を軽減できます。検査や測定において、ドクターの診断を補助するために適切な情報を提供する機器は十分に開発可能です。このように誰の目にもわかりやすい結果を出すことが、AIの価値のひとつと考えています。

もうひとつは、人では現実的に不可能な業務をAIなら遂行できるという価値もあります。たとえば、私は血液の研究をしていたこともありますが、疾患を調べる血液病理検査は、血液塗抹標本(血液をスライドガラスに塗り、染色することで、顕微鏡によって観察する)によって、人の目ではおよそ300個の白血球を観察しています。これに対しAIでは10倍、100倍といった量の観察ができるのです。
つまり、人の目で300個に1個現れるか現れないかわからない疾患は見つけられませんが、AIでは人の目の10倍、100倍といった精度で、より低頻度で発生している疾患を見つけられるということになります。
また、白血球だけでなく、スライド一枚には数万個の血球が存在します。一人の人が毎日ミスなく見極め続けることができるでしょうか?AIなら可能です。

高精度なAI技術が人々の社会活動に安心をもたらす

AIの活用に大きな価値を感じます。

袴田:疾患は一枚のスライドで組織を観れば解るわけではありません。より広く大量に観察し、総合的に把握しなければなりません。病理のガイドラインには、「病理検査はあくまでも患者様の一部の組織を観ているにすぎない。必ずしも普遍的な情報を表していることではないことに注意しなさい」と書かれています。
今我々が非常に小さな範囲を観て判断していることを考えると、大量に観ることによってより適切に状況を把握できることがわかります。患者様へのより最適な医療提供にあたって、AIの活用は非常に大きな意義があります。
このAIの精度が一般に認識されるようになれば、今パソコンやインターネットのない世界が想像できないように、AIはライフサイエンスにおけるインフラになっていくと思います。

ライフサイエンス領域へのAIの普及によって、どのような社会を想像しますか?

袴田:人の体の解明がAIによって格段に正確性を高め、質的向上を果たすことは明らかです。
ただ基本的には、今と大きくは変わらないと思います。生活の中で価値あるものや良いものは、もうすでに身近なところで感じられていると思います。人の価値観そのものは変わらずに、体の現状をより正確に把握したうえでなすべきことがわかれば、人は今までどおりに生活や社会活動を行うのではないかと思っています。

高松:AIを活用した診断によって、見逃しなどのリスクはかなり減ると思います。たとえば、がんは現在2人に1人がかかる病気だと言われていますが、正確な病理診断ができることによって最適な治療方法がわかります。これによって余命も手術後のQOL(Quality of life)も、今までとまるで変わってくると思います。適切な対処によって以前と変わらない生活ができるなら、がんは怖い病気ではなくなるのではないでしょうか。
そうすると、病理専門医の仕事がなくなると言う人はいますが、専門知識と経験を活かした別の仕事ができるようになります。AIによる診断は、結果的に患者様とドクターの双方の安心につながると思います。

安藤:私も似た考えですが、日本の少子高齢化によって人口が1億人を切る時代には、病理専門医やドクターもさらに減少するでしょう。そうなると、少ない人数で医療を回す、AIはそのツールになりえると考えられます。活用することによって医療負担の軽減に貢献できるだけでなく、今と同じ医療負担でも、少し目先を変えた新しい医療の価値が提供できていくと思います。

今後取り組んでいきたいことを教えてください。

袴田:ライフサイエンスという研究分野で価値を生んでいきたいです。研究が進むことによって、医療や創薬などのさまざまな進化につながっていきます。
ドクターが医学によって病気を体系的にとらえていくことに全身全霊で取り組むのと並行して、そのようなドクターたちのパートナーとしてライフサイエンスの進展に寄与していきたい。そこに欠かせないツールとして当社がAIを提供していく。AIを活用したライフサイエンスのアウトカムとして医療があるという位置づけをしています。

2024年には、株式会社ニコンソリューションズとこれまでの共同研究の成果を活かし、ソリューションの共同提案についても連携しました。これによって、医療およびバイオサイエンス分野での研究開発を一層加速させられると考えています。

高松:医療機器へのAI搭載によって、遅れをとっている日本の医療機器が世界に打って出ることは不可能ではないと思っています。現在試験的に、当社に在籍するKaggle Grandmaster(Kaggle参加者が成績に応じて表される称号のうちの最上位ランク)に病理診断AI開発を試してもらっていますが、長年結果が出なかった課題にあっさり結果が出るケースが頻発しており、手ごたえを感じています。世界を視野にチャレンジしていきたいと思います。

安藤:人口が減少していくであろう環境では「人の数の力」はとても強いと思います。人が集まってくることで力を帯びるエコシステムを作りたいです。
たとえばPyTorchの仕組みは、FacebookのAI研究グループであるFacebook AI Research lab (FAIR) によって主導的に開発された、オープンソースの機械学習ライブラリです。中核となるライブラリに画像処理ライブラリや、音声処理ライブラリなどさまざまな外部ライブラリが機能として拡張されていて、多くのエンジニアがその開発に関わっています。
具体的には、Ristで病理専門医のプラットフォームを作りたいです。そこではたくさんの画像や日常にない情報やアノテーション(ドクターの解釈)に出会え、病理専門医やAIエンジニアたちがコミュニケーションできる場です。参加者が学習しあいながら価値を創造していける、ライフサイエンスの発展を支援するシステムです。

AIによって新たに切り拓かれるライフサイエンスの未来に期待しています。ありがとうございました。


■プロフィール

エグゼクティブフェロー
高松 輝賢(たかまつ てるまさ)

東京工芸大学工学部写真工学科 視覚工学研究室 卒業
1997年にはんだ付け外観検査装置のPOとして開発を行って以来、検査装置の光学系からメカトロニクス、ソフトウェアまで、一貫して開発を担当。2000年以降は医療系機器に主軸を移す。今日病理検査で広く用いられているWSI(Whole Slide Imaging)システムを発明し、世界初の商品化を実現。光学機器を有するロボティクスの技術において先駆的存在であり、顕著な実績を多く持つ。日本デジタルパソロジー・AI研究会で理事を務める。2023年4月Rist入社。

ライフサイエンスソリューション部 ゼネラルマネージャー
袴田 和巳(はかまだ かずみ)

九州大学大学院システム生命科学府システム生命科学科 修了(Ph.D システム生命)
東京大学、大阪大学で助教として画像解析と細胞工学に従事。その後シスメックス中央研究所でAIを用いたヒト病理組織画像解析、エルピクセルではCTOとして、HACARUSでは事業責任者としてライフサイエンス関連の会社との画像解析全般に関する共同開発、SaMDの開発に従事。
一貫してライフサイエンスと工学の境界となる医工連携領域の研究を行ってきた。国内外の製薬会社との共同開発経験があり、2022年にはエルピクセル在職時に第一三共との包括提携契約の締結を取りまとめ、共同開発の推進に貢献。SaMDの開発にも従事し、開発と同時にISO13485の体制整備・運用を行った経験を持つ。2024年10月Rist入社。

ライフサイエンスソリューション部 プロジェクトマネージャー
安藤 巧(あんどう たくみ)

慶應義塾大学大学院法務研究科 修了(JD)
Deep Neural Networkベース病理AIの黎明期に、受託研究開発企業にて画像系AIの開発のコアメンバーとして、乳がんのセンチネルリンパ節転移判定AIをAPIとして開発・公開。その後、東京大学医学系研究科の社会連携講座にて特任助教として病理画像AIの研究開発に従事。ロシュ・ダイアグノスティックス社ではパートナリングチームのリードを務めたほか、Pathology Laboratory部門のバックヤード業務から現場対応まで広く担当。2025年3月Rist入社。

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